私たちの身体と心にとって、睡眠は重要なのは誰しも疑うことは少ないでしょう。
ただ、睡眠は日本経済にも影響を与えているようです。

睡眠不足によって生産性が下がったり、欠勤や遅刻、早退が増えたり、交通事故や仕事上の事故が増えたり、医療費が増えたりということが起きてきます。
睡眠不足による経済的損失は、日本睡眠学会の試算では年間5兆円にもなるそうです。

睡眠が心と身体にもたらす影響についてまとめてみました。

睡眠で脳機能アップ

起きていても仕事がはかどらない時は、思い切って早めに眠る方が効率がいいかもしれません。
というのも、質の良い睡眠は脳の活性化にとって重要である可能性があるからです。

インディアナ州ノートルダム大学の准教授で、同大学の睡眠・ストレス・記憶力研究所の所長を務めるJessica Payne氏は、睡眠不足は記憶障害、意思決定能力の低下、創造力の欠如、個人的感情の制御不能などをもたらすと指摘しています

睡眠が学習と記憶を助ける

睡眠は学習と記憶を助けます。

眠っている間に脳は、記憶の固定、つまり『新しい情報をとどめておく』ということをおこなっています。

Thomas Andrillon と Sid Kouiderによると、睡眠はその日に起きたことや学んだことを潜在的に脳に刻む働きがあるそうです。
そして、それを今までの記憶と結びつけ、脳を整理し、私たちは、その情報をもとに起きているときに決断を下します。

さらに、休息をとっていないと新しいものごとを覚えるのに働く場所である海馬に悪影響を与えることもわかっています。

学習にとって眠るということは学習にとってとても重要なのです。

睡眠の質がIQと関係する

カナダのモントリオール大学の研究チームがScience Dailyに「睡眠の質が低下すると子供のIQテストの成績が低くなる傾向があった」ということを発表しました。

自閉症スペクトラムの子供13人と発達に特に問題を抱えない子供13人に対して行った実験です。
平均年齢は10歳、知能や睡眠に問題はなく、治療は受けていません。
彼らに対して、脳波の検査を行ったところ、どちらのグループでも睡眠の質とIQテストに関連性が見られました。

質のよい睡眠ができていると、脳波で特徴的な波形がみられることが分かっています。
具体的には、REM睡眠中に安定した睡眠スピンドルの波長が見られます。

そして今回の調査では、睡眠中この睡眠スピンドルの波形が多く観察されるほど、子どもたちの知能テストの成績がよかったのです。

ちなみに、睡眠はREM睡眠とnon REM睡眠に分けられます。
REM
睡眠では骨格筋は弛緩して休息状態ですが、脳が活動して覚醒状態にあります。

ただ、自閉症スペクトラムの子どもと発達に問題を抱えない子どもには、どの認知機能が改善するかという点においては違いました。
これは、おそらく自閉症の子ども達の脳は、一般的な子ども達と違う領域が発達しているのではないかとされています。

自閉症の子どもたちの中には、並はずれた記憶力を持っていたり、ジグソーパズルをあっという間に仕上げてしまったり、美しい絵画や音楽を生み出す力を持っていたりなど、天才的な能力を持っている子どもたちが多くいます。
もしかするとこれらの能力も睡眠の質と関係があるのではないかと推察されています。

運動についても同じことがいえます。
新しい技を身体で覚えようと思ったら、練習した後にしっかりと眠るということが必要です。

睡眠が発想を豊かにする

睡眠は、創造力の強力な増幅器です。
私たちは、眠っている間に起きているときには考え付かないような情報同士を結び付け、突然何かがひらめくといったアハ体験を導きます。

睡眠とひらめきに関して、ドイツのリューベック大学のWagner博士らが行った実験です。
被験者を3つのグループに分け、同じ難しい数列の穴埋め問題をしてもらいます。

1つ目のグループは、午前に問題を見ます。
昼間がんばって考えてもらって、8時間後の夕方に解答します。

2つめのグループは、夜寝る前に問題を見ます。
そして、8時間ゆっくり眠ってもらい、次の日の朝、起きてすぐに解答します。

3つ目のグループは、夜に問題を見ます。
そして、そこから一睡もせずに徹夜で考えてもらい、8時間後に解答します。

結果はというのと、2つめの睡眠をとったグループが最も正解率が高かったのです。
他の2つのグループが正解率20%台だったのに対し、しっかり眠ったグループはなんと正解率60%。
寝てただけなのに…。
徹夜したグループの人達がかわいそうになります。
もちろん、もともと睡眠をとったグループの人達が頭が良かったとかそういうことはありません。

人は眠りの中で思考や記憶など脳の整理を行っています。
特に眠りについて最初の4時間の深い眠りの中で創造性や問題解決能力が高まるそうです。

心身の健康は睡眠から

「眠らなくても死なないから」と言われていた時代もありましたが、現在では睡眠には重要な働きがあり、睡眠不足になると、いろんな病気になりやすくなるということが分かっています。

たとえば、睡眠と全く関係のないような気がする糖尿病ですが、4時間睡眠が1週間も続くと糖尿病の発症のリスクが上がるという報告もあります。
これは、睡眠不足によって、血糖を下げるインスリンの働きが鈍ってしまうからとされています。

その他にも、しっかりと睡眠をとることが心臓にもよいとされています。
睡眠がとれていない状態がひどくなると、高血圧や不整脈をきたしやすく、ストレスホルモンが増え、免疫力が低下してしまいます。

さらには、脳にダメージを与える物質を取り除く作業は、眠っている間に行われています。起きている間にたまった毒素を取り除くためには、十分な睡眠が必要になってきます。
実は、この毒素、アルツハイマー病やパーキンソン病のような病気と関係しています。
つまり、十分な睡眠をとることが、それらの病気の予防につながる可能性があるのです。

睡眠不足にはこういった病気になりやすいという側面だけでなく、思わぬけがや事故を引き起こすことにもなります。

睡眠が足りないと癌になりやすくなる⁈

それだけではなく、睡眠不足になると癌になりやすくなるのではないかとまで言われています。

たとえば前立腺がんは睡眠時間6時間以下で発生リスクが高まり、乳がんも6時間以下で再発リスクが上がるという報告もあります。
実際、乳がんの発生率は、日中働く看護師を1とすると、昼夜交代勤務の看護師は1.8倍ほどにもなるのです。
しかも、夜勤だけの看護師は、さらに2.9倍にもハネ上がるそうです。

ハーバード大学で付属の病院に勤める看護師で行った調査によると、夜勤に30年以上ついた看護師は、日中勤務の看護師よりも1.36倍発がんリスクが高かったそうです。
男性の場合では前立腺がんのリスクになるそうですよ。

では、なぜ睡眠不足になると癌になりやすくなるのでしょうか?
ここで、注目されている物質が2つあります。
ナチュラルキラー細胞(NK細胞)とメラトニンです。

睡眠でNK細胞が活性化する

私たちの身体には、ウイルスなどの外敵から身を守り、がん細胞を攻撃して死滅させるNK細胞がというものがあります。
そして、このNK細胞が、私たちの身体を常にパトロールしているわけですが、実は、かなりの殺傷能力を持っています。
そのため、この細胞がきちんと働いていると、感染症にかかりにくかったり、がんになりにくかったりするわけです。

そして、NK細胞をはじめとした体の免疫機能が活性化するのは、副交感神経が優位になる睡眠中だとされています。
つまり質・量ともに十分な睡眠をとっていれば免疫力が上がり、がんにはなりにくくなります。反対に、睡眠不足で交感神経がオンになっている時間が長いと細胞や遺伝子を傷つける(=がんのリスクを高める)活性酸素が発生する危険が高まってしまうのです。

ちなみに、このNK細胞、年と共に活性が落ちるとされています。
そして、活性を上げる方法は、以下の通りです。
①喫煙をひかえる
②適度の飲酒を心がける
③質の良い睡眠をとる
④ムリのない適度な運動(歩く)をする
⑤笑う
⑥充分な休養などでストレスをためない
⑦体温を下げない
⑧薬・抗生物質を乱用しない
⑨バランスの良い食事を心がける
⑩ナチュラルキラー細胞(NK細胞)の活性を高める健康補助食品を利用する

睡眠でメラトニンが増える

そして、もう一つの物質、メラトニンですが、こちらも夜にしっかり眠ることで産生量が増えます。
なので、実は、電灯をつけて明るい状態で眠るっていう人も要注意です。
というのも、電灯をつけて明るい状態で眠る人は、暗闇で眠る人に比べて、血液中のメラトニンが5分の1しか作られないのです。

このメラトニンが、がんを抑制してくれる物質だといわれています。
つまり、メラトニンの作られる量が少ないと、がんになるリスクも上がってしまうということです。
アメリカでは、メラトニンの効能が注目されてサプリメントも売られています。

でも、サプリメント以外にもちゃんとメラトニンを増やす方法があります。
1. 肉やチーズ、魚、牛乳、大豆、卵、バナナなどといったトリプトファンを多く含む食品をとること
2. 太陽の光を浴びること
3. ウォーキングなどリズミカルな運動をすること
4. 午後10時以降は明るすぎる照明の下にはいないこと。出来ればパソコンでの作業もしない。電源もオフにする。

*ちなみにメラトニンのサプリメントは免疫力を高めるため、免疫細胞の腫瘍(悪性リンパ腫など)には使用しないほうがよいといわれています。

眠りは美しさの秘訣

「夜更かしは美容の敵!」といわれていますが、これはお肌にかぎったことではないようです。
良質な睡眠によって、成長ホルモンがたくさん出るということがわかっています。
この成長ホルモンは、成長期の子どもの時に必要であることはもちろん、大人になってからも、アンチエイジングに効果があるといわれています。

成長ホルモンの主な働きは、骨や筋肉を作り、身長を伸ばすことですが、それ以外にも、紫外線やエアコンなどのストレスでダメージを受けたお肌や髪の毛を修復するために重要であることも分かっています。
お肌や髪の毛にかかった負担を軽くしてくれるのです。

成長ホルモンを分泌するのに最も適した時間が、22時~2までの間です。
睡眠後2時間後位が成長ホルモン分泌のピークなので、11時頃床について12時には睡眠態勢に入っているというのがベストということになります。
そして、成長ホルモンは、寝入りばなのnon REM睡眠の時に最も多く分泌されます。
そのため、この寝入りばなの深い睡眠がアンチエイジングに重要になってきます。

では、そのためにはどうしたらよいのでしょうか?
睡眠に関係するホルモンは成長ホルモン、セロトニン、メラトニンの3つがあります。
そのうち成長ホルモンの分泌には体温が関係してきます。

人間は起きて活動しているときには体温が高く、寝ているときに体温が下がります。
正確には、寝る準備に入った段階で熱を放出し、体温を下げていきます。
そのため、眠くなると手足が温かくなるわけです。
そして、体温の下げ幅が大きいと成長ホルモンが多く分泌されます。
そのためには、ゆっくりとお風呂に入ることが効果的です。

それ以外にもアロマ、音楽でリラックスし、副交感神経優位な状態を作ること、就寝3時間前には食事を済ませ、内臓の働きをすぐに休息状態に入れるようにすることがよいようです。

ちなみに、睡眠以外で成長ホルモンの分泌を促す方法は
・筋トレをする
・アルギニンを多く含む食品(大豆、エビ、鳥肉、ナッツ類、ゴマなど)をとる
だそうです。
ただし、アルギニンを多く含む食品はカロリーも高いので注意が必要です。

しっかり眠ってダイエット

睡眠には、これ以外にもダイエットにも効果があるとされています。アメリカのコロンビア大学の研究チームが行った調査です。
32~59歳の1万8000人を対象に睡眠時間と体重の関係について調べました。

すると、4時間以下しか眠らない人は、79時間眠る人に比べると、なんと73%も肥満になりやすかったのです。
ちなみに、7~9時間眠っている人に比べると、5時間の人では50%、6時間の人でも23%肥満になりやすいという結果でした。

これは、起きているとついつい食べ過ぎるのが原因ではないかとも考えられますが、それは単に夕食をとってからの時間が長いからという単純な理由ではないようです。

スタンフォード大学が行った実験です。
30~60歳の1000人を対象に行っています。
それによると5時間しか眠らない人は、8時間眠る人に比べて、食欲を刺激するグレリンが14.9%も多く、食欲を抑えるレプチンが15.5%も少なかったそうです。
睡眠時間8時間未満の人に限っては、睡眠時間が短いほど肥満度がアップしてしまうという衝撃の結果も報告しています。

寝不足になるとお菓子などの甘いものやチップスやナッツなどの塩辛いもの、パンやパスタなどの炭水化物が欲しくなるという調査結果もあるようですよ。

まとめ

睡眠の効果についてまとめてみました。
心身の健康に欠かすことのできない睡眠ですが、日本人は他の国の人たちに比べ、睡眠時間が少ないということがわかっています。
2011
年に15歳~64歳までの男女で行ったOECD(経済協力開発機構)の国際比較調査によると、睡眠時間は男女とも最低だそうです。
あらためて、睡眠の重要性について見直してみるのもよいかもしれません。

参考)
『脳の取扱説明書』p71, p303, p306
Thomas Andrillon & Sid Kouider Implicit memory for words heard during sleep.  Neuroscience of Consciousness, Volume 2016, Issue 1, 2016, niw014, https://doi.org/10.1093/nc/niw014
Importance of Sleep: Six reasons not to scrimp on sleep. Harverd Women’s Health Watch; 13 (5), Jan. p1-3, 2006
http://bihada-mania.jp/blog/3059
Wagner U. et. al. Sleep inspires insight. Nature Jan 22; 427 (6972)
http://www.1kampo.com/saihatsu-yobou/saihatsu_yobou_book4-10.html
http://www.kenbijin.com/zyouhou/natural-killer.html

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