ふだん、どれくらい意識して言葉を使っていますか?

おそらく使う言葉すべてを意識して使っていると自信を持って言える人は少ないのではないでしょうか。
無意識のうちに心の中で何かつぶやいていたり、特に注意を払うことなく相手に声をかけたりということはよくあることです。

しかし、私たちが何気なく使っている言葉は、想像以上に私たちに大きな影響を与えているかもしれません。

言葉の持つ影響力と活用法についてみていきましょう。

能力を発揮するための魔法の言葉

試合などで、運動選手を応援するために「頑張って」と声をかけ、選手たちもその声援に応えようとする姿を見かけたことがある人は多いでしょう。
実際に、声援は効果的であるということが分かっています。

ユトレヒト大学のAarts博士らが行った、応援の言葉をかけることの効果を調べた実験です。
被験者は、目の前におかれたモニターに「握れ」と表示されたら、手元のグリップを軽く握ってもらうように指示されています。

そこで、モニターに「握れ」と表示される直前に「がんばれ!」と書かれたものをサブリミナル映像で見せます。
つまり本人の顕在意識では認識できないほどのごく短時間だけ提示したわけです。

それを「がんばれ!」と表示しなかった場合と比べました。
とうぜん被験者は「がんばれ」と表示されたことには気づいていません。

ところが、直前に「がんばれ!」と表示した場合には、握力が2倍に増加し、力が出るまでにかかる時間も短かったそうです。
ちなみに、サブリミナル映像で見せる単語が他のものだった場合には、そのようなことはおこりませんでした。

自分でも認識していなかった言葉が潜在意識に影響を与えていたということです。
それだけ「がんばれ!」という応援の言葉は絶大だという事です。
でも、逆に考えると、その言葉でいつもよりも無意識に力が入ってしまうということでもあります。

実際、私自身、忙しかった時、気がつくと心の中で「がんばろう」と自分に言い聞かせていました。
毎日、それも一日何十回もです。
それでは身体に力が入るし、肩もこるはずです。
しかも、意識するまでそんなに頻繁に使っていることにすら自分では気づかないのだから不思議なものです。

最初、それに気づいたときには、あまりの頻度の高さに自分で驚いたくらいですから。
そんなに使ってるならもっと早く気づけよって感じですが、意識せずに発している言葉というものは意外と気づかないものです。

大切なのは自分で使っている言葉のクセに気づくことです。
案外、それだけでもその言葉を使わなくなったりします。
私自身、意識を向けることで徐々に使う回数が減り、今ではほとんど使うことはなくなりました。
自分で言葉のクセに気づけなければ、まわりの人に聞いてみるというのもよいかもしれません。

言葉が行動に与える影響ー言葉でアンチエイジング

言葉は実際に行動レベルにも影響を与えます。

それを示したおもしろい実験があります。
Yale大学の心理学者John A. Barghが行ったものです。
学生を2つのグループに分けます。
そして、リストにある単語から短い文章を作ってもらいます。

一方のグループの単語のリストには、
「old(年老いた)」「lonely(寂しい)」「forgetful(忘れっぽい)」「wrinkled(しわのある)」「ancient(もうろくした)」「helpless(体が不自由な)」といった高齢者を連想させるような単語が入っています。
そして、もう一方のグループには、高齢者とは関係のない単語が入っています。

そこで、ここからが本当の実験です。

テストが終わった後、学生たちは実験会場から出てエレベーターまでの10メートルを歩いて移動することになるのですが、その移動にかかる時間を測定しました。

すると、高齢者に関係がある単語が入っていたグループとそうでないグループでは違いがあったのです。
高齢者に関連がある言葉で文章を作ったグループが約8秒もの時間がかかったのに対して、もう一方のグループは約7秒だったそうです。
つまり、テストの時に使った言葉でさえも、実際の行動に影響を与えていたということです。

ましてや自分たちがふだん使っている言葉では、なおさらでしょう。
自分が発する言葉は、誰よりも自分がよく聞いています。
どういう言葉を使うかで、その後の行動が変わってしまう可能性があるのです。

とはいえ、言葉を発しないまでも、「なんか最近年かな…」と心の中でつぶやいたとしても自分にはその心の声は聞こえています。
なので、心にもないことを無理して言っても効果は得られないかもしれません。

言葉が心に与える影響

言葉は行動だけでなく、知らず知らずのうちに心にも影響を与えるようです。
それを証明した2つの実験を紹介します。

思いやりは言葉から

心理学者ジョン・バージが行った実験があります。
学生を2つのグループに分け、単語テストを行いました。
片方のグループには「攻撃的、短期、失礼な、不快な」といった単語が含まれており、もう一方のグループには「礼儀正しい、親切な、丁寧な、気長な」といった単語が含まれています。

学生には、テストが終わった後、アンケートに記入してもらい、それを担当者に提出してもらいます。
そして、その時に学生たちに「担当者の所に来るときには、必ず決められた順番通りに来て、前の人を抜いたりしないように」と伝えます。

そして、ここからが本当の実験です。
学生たちがアンケートをもって担当者のところに来たとき、担当者は他の人(実験協力者)と話をしています。それで、学生たちがどれくらい待てるかを比べました。

すると、ネガティブな単語が含まれたテストを受けた学生のほとんどが、担当者が他の人と話をしていても5分以上は待てず、会話を遮りました。
それに対して、もう一方のグループの学生たちは、82%が会話を遮ることはしなかったそうです。

つまり、テストにネガティブな単語が含まれているだけで、心の余裕がなくなり、相手に対して配慮しにくくなるということなのでしょう。

単語テストに出る言葉だけでもこんなに影響があるということです。
まして、普段の会話だともっと影響があるのではないでしょうか。

安心感を与える言葉

私たちが他人に対して寛容になるためには、情緒的な安心感が必要であると言われています。
これは、一時的に安心感を持たせた場合にでさえ効果があるとされています。
一時的な安心感によって相手に対し寛容になり、偏見は減り、人を貶めることなく自尊心を持ち続けることが可能になるという実験結果もあるのです。

例えば、安心感を与えるようなストーリーをイメージした場合には相手に肯定的評価を下しやすくなります。
それに対し、中立的なストーリーをイメージした場合や楽しいけれど安心感にはつながらないストーリーをイメージした場合では、相手への評価に差はみられないそうです。

更に不思議なことにサブリミナル画像で、安心感を与えるような単語提示をした場合においてでも、相手への評価が変わり、肯定的評価を下しやすくなるというのです。

ちなみに、この時の提示に選ばれた安心感に関わる単語は、「親密さ」「愛情」「抱擁」「支え」です。
これらの単語の呈示が与える影響を調べるために、比較対象として、中立な単語の提示や肯定的単語の呈示も行っています。
ちなみに中立な単語は、「オフィス」「テーブル」「ボート」「写真」。
肯定的単語は、「幸福」「正直」「幸運」「成功」です。

サブリミナルだからこそより潜在意識に働きかけたのかもしれませんが、提示する単語によって相手の評価が変わってしまうなんて驚きです。

目標や夢は口に出そう:公表効果

目標や夢を口に出していうことは効果的だといわれています。
心理学用語で「公表効果」と呼ばれています。

たとえば、「楽しくなってきたぞぉ~」って口にすると、いっそう楽しい気持ちになったり、人に「○○をする」と宣言することでそれをしようという意志が固まっていったりするのです。
そのため、目標や理想を口に出すことは、それらをかなえるための助けとなります。

逆に、苦手な人に対して、「あいつ、△△だから嫌なんだよ」と話していると、その人の嫌な部分にいっそうフォーカスがあたり、さらにその人のことが苦手になってしまうかもしれません。

そのためか、たとえ苦手な人であったとしてもよいところを見つけて、「あの人の○○なところがステキなんだよね」と話していると、そのステキな部分にフォーカスがあい、だんだんその人に好感を持つようになるそうです。

これは、自分に対してもあてはまります。
「私なんて…」「どうせ××なんて無理」とかいうのは考えものです。
それが、謙遜でいっていた言葉であったとしても、自分の良いところには目がいかず、自分の欠点にばっかりフォーカスしてしまうということになりかねません。
それでは、ますます自分に自信がなくなってしまいます。

それよりは、ときには自分自身の良い点に意識を向け、それを口にしてみてもいいかもしれません。
特に誉め言葉が苦手という人は、自分の良いことろを受け入れていない可能性があります。
慣れないとちょっと恥ずかしいかもしれませんが、自分をもっと好きになれるかもしれません。

まとめ

言葉の持つ力についてまとめてみました。

古より日本では、言葉には不思議な力が宿っていると考えられていました。
「言霊(ことだま)」という言葉が存在することからも、それが分かります。
おそらく経験を通して、その力を感じ取っていたのでしょう。

ふだん使う言葉、心に思い浮かべる言葉は、自分自身が一番よく聞いています。
使う言葉を意識してみるといいかもしれません。

参考)
Aarts H. et. al. Preparing and motivating behavior outside of awareness. Science 2008 Mar 21;319(5870):1639. doi: 10.1126/science.1150432
Mikulincer M. et.al. Attachment theory and reactions to others’ needs:’ evidence that activation of the sense of attachment security promotes empathic responses. J. Pers Soc Scichol. 2001 Dec; 81(6): 1205-24