運動が身体によいということは、分かっていても続けるのが難しいという人は案外多いのかもしれません。

現代は、便利な世の中になりましたが、その一方で運動をする機会は減り、運動不足を感じている人が増えているということが指摘されています。

そもそもどうして運動すると良いのでしょうか?
運動の効能と効果的な運動法について、まとめてみました。

運動とは

そもそも運動とは何でしょう。

運動とは、身体を動かすことです。
スポーツなどの運動だけではなく、日常生活での活動(生活活動)も運動にあたります。

平成26年度に厚生労働省が行った「国民健康・栄養調査(平成26年)」によると、歩数は年々減る傾向にあり、特に男性で目立つようです。

歩行数が減ってきている要因として、交通機関の発達、内勤労働の増加、スマートフォンやゲームなどの室内で楽しめるものが身近に増えたことが考えられています。

運動は健康寿命を延ばす

運動することは、生活習慣病を予防するのに効果的で、健康にもよいことはよく知られています。

実際、身体活動量が多い者や、運動をよく行っている者は、総死亡、虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)、高血圧、糖尿病、肥満、骨粗鬆症、結腸がんなどにかかる割合や死亡率が低いということが分かっています。

それ以外にも運動にはストレスを軽くしたり、脳の働きをよくしたりといった効果があるといわれています。

運動は脳の神経細胞を増やす

私たちの脳を構成する主役は「神経細胞」です。

神経細胞は、電気信号を出して情報をやりとりする特殊な細胞で、情報の伝達と情報の処理を行っています。
その数は大脳で数百億個、小脳で1000億個、脳全体では千数百億個にもなります。

一つの神経細胞からは、長い「軸索」と呼ばれる情報を送り出す突起と、木の枝のように複雑に分岐した短い「樹状突起」と呼ばれる情報を受け取る突起が伸びています。
これらの突起は、別の神経細胞とつながり合い、複雑なネットワーク「神経回路」を作っています。
神経細胞は、細胞体と軸索と樹状突起で一つの単位として考え、「ニューロン(神経単位)」とも呼ばれています。

以前は神経細胞は大人になると増えることはなく、徐々にその数を減らしていくと思われていました。
しかし、実は大人になってからでも神経細胞が増えるということがわかっています。
そして、脳の神経細胞を増やすもっとも効果的な方法は運動であるといわれています。

この新しく作られる神経細胞というのが、私たちの記憶力や思考力を高めるのに重要な働きをしているのです。
というのも、新しい神経細胞のほうが興奮しやすい、つまり、電気信号を流しやすいのです。
そのため、情報のやり取りがスムーズにできます。
結果として、記憶しやすくなったり、思考しくなったりするのです。

要するに運動によって神経細胞の数が増えるということは、単に数が多くなるというだけでなく、情報のやり取りがスムーズにできる神経細胞の割合が増えるということでもあります。

 グリア細胞との関係

脳の中には、主役となる神経細胞以外にも、グリア細胞とその2つの細胞のもとになる神経幹細胞があります。
以前は、グリア細胞は神経細胞を補佐する単なる脇役と考えられていました。
ところが、最近になってこのグリア細胞の働きが見直されてきました。
実は、グリア細胞があることで、運動をしたときに神経細胞が増えやすくなるのです。

グリア細胞は、神経細胞に栄養を運んだり、脳の中をチェックしていらなくなったものを処理したり、神経細胞どうしの連絡を助けたりと重要な働きを担っているとされています。
グリア細胞には、さらにアストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリアに分けられます。

最近、グリア細胞の1つであるアストロサイトが神経細胞を増やすメカニズムが証明されました。

マウスで行われた実験です。
老齢のマウスにストレスを感じさせない程度の運動(ランニング)を短期間行わせます。
すると、記憶を司る海馬で、新しく生み出される神経細胞の数が増加しました。
そして、このメカニズムにアストロサイトが重要な役割を果たしていることがわかりました。

もう少し正確に言うと、運動をすることでアストロサイトがより多くのWnt3(ウィント3を産生しました。
この物質は、たんぱく質の一種で、シグナル伝達に使われる物質です。
このWnt3が神経幹細胞に働きかけ、神経分化に必要な遺伝子や、神経細胞の多様化を産み出す遺伝子を活性化して、多様な神経細胞を生み出すメカニズムをコントロールしています。

そして、残念ながらこの物質は、加齢とともに減少することが分かっています。
つまり、年をとるとWnt3が減って、神経細胞が作られにくくなるということです。

そして、このグリア細胞は、嬉しいことに神経細胞と違って、40~50歳まで増え続けます。
つまり、大人になってからもWnt3を出し、神経細胞を新たに作りやすくするという効果が期待できるということです。

 BDNFとの関係

運動による脳への効果に影響を与えているもう一つの因子が脳由来神経栄養因子BDNF (Brain-Derived Neurotropic Factor)です。
運動をすることでこのBDNFが増えるということもわかっています。

BDNFは、神経細胞の生存を維持し、神経細胞が突起を伸ばしネットワークを形成し、神経を修復し、保護するのを助ける働きがあります。
しかも、それだけではなく、記憶などに重要な神経結合や思考や感情に関わる神経伝達物質が増やすとされています。

そのため、BDNFを発現しないようにしたBDNFノックアウトマウスでは記憶をする際に重要な働きをする海馬長期増強 (LTP:Long teem potentiation)の発現が減り、空間学習の低下が認められます。
ちなみに、長期増強とは神経細胞を同時刺激することにより 2 つの神経細胞間の信号伝達が持続的に向上する現象のことで、学習と記憶の根底にある主要な細胞学的メカニズムの1つと考えられています。

最近になって、BDNFとアルツハイマー病やうつ病の関連にも注目が集まっています。
アルツハイマー病の患者さんの脳では、特に大脳皮質や海馬においてBDNFの量が低いことがわかっています。
また、うつ病の患者さんの脳でも海馬を含むいくつかの領域でBDNF蛋白量の減少が認められます。
うつ病の発症にはセロトニンの関与が考えられていますが、BDNFのセロトニン作動性ニューロンの生存維持にも作用しています。

BDNFですが、運動によって増えるだけでなく、ストレスによって減ることがわかっています。
つまり、負担にならない程度に運動するというのがもっとも効果的ということです。

運動で認知機能アップ

運動をすることで、脳の神経細胞や神経細胞同士のネットワークが増えたときに脳の機能は改善するのでしょうか?

有酸素運動との関係

2003年ColombeとKramerは、有酸素運動によって認知機能の改善に効果があったと報告しています。
特に、有酸素運動に伴う体力の増加が、計画性、スケジュール作成、ワーキングメモリー、重複作業に効果的だったそうです。

有酸素運動の効果は、有酸素運動に加え、筋力や柔軟運動を同時に実施した方が効果が高いとされていますが、その効果は特に女性で目立つそうです。
これは、女性ホルモンの影響によるものではないかと考えられています。
というのも、運動の効果は女性ホルモンであるエストロゲンと関係していたのです。
ちなみに、実験で行われた運動は、歩行や筋力トレーニング、レジスタンス運動を含む低強度の運動が中心で、期間2週間から28週間でした。

 成績と心肺機能の関係

学業成績と運動の関連性を調べた研究でも心肺機能が学業成績と強い相関を示していたそうです。
アメリカのイリノイ大学が9歳~10歳の子供を対象に行った調査です。
子供たちの脳の画像検査を行い、運動能力との関係を調べました。
すると、運動能力が高い子供たちは、脳の白質(はくしつ)により多くの線維があったそうです。

脳の白質は、主に神経細胞同士をつなぐ線維(神経細胞の枝)がある場所です。
つまり、脳の各分野の連絡が密になっていたということです。
この白質は、記憶や注意力に重要な働きをすると言われています。

そして、この神経細胞の枝を包む鞘(ミエリン)というのが生まれた時にはあまり発達していません。ミエリンは、情報を早く伝えるためにとても重要です。
しかし、このミエリンが発達していないことによって、外からの刺激で、いろいろなところに神経細胞の枝を伸ばすことができるとされています。
なので、子どもの時に学習を始めると新しいことを覚えやすいというわけです。

そして、このミエリンの発達に重要なのが、運動というわけです。
ハーバード大学のジョン・J・レイティ博士によると、心拍数を上げる運動だけではなく、身体を動かしながら頭を使うような運動や自らの動きを意識させる運動は脳に良い影響を与えるそうです。
レイティ博士は、「遊びの要素を入れつつも『勝ち負けや競争しない』『普段使わない筋肉や関節を使う』『スキンシップや会話を促すような構成』が大切である」と述べています。

ただし、運動によって頭をよくするためには、2つの必須条件が…
1. 楽しんで行うこと
2. 運動はあくまで脳の学習の準備を整える役割なので、運動後に脳の血流が増え、思考力や集中力を増した時に、学習もすること
まぁ、当然といえば当然ですね。

運動は落ち着きとリラックスをもたらす

運動は脳を活性化するわけですが、その一方で、落ち着きとリラックスという一見逆の働きのように思える効果も数多く報告されています。

プリンストン大学の研究者たちがマウスで行った実験です。
マウスを2つのグループに分けます。
一方のマウスは自由に運動用の車輪を利用できるようにします。
そして、もう一方は動かずにじっとしているようにさせました。

そして、6週間後のマウスの状況を観察しました。
すると、運動をするマウスは、より探索好きで、可能であれば外で時間を過ごす傾向がありました。
これに対して運動不足のマウスは、まだ行ったことのない場所に近づくことに対して、恐れや不安を抱くようになったそうです。

マウスの脳を調べると、運動するマウスでは、新しい脳の神経細胞が多く作られていました。
しかも、運動するマウスでは、脳の活動を抑制して、過度の興奮を鎮める作用のある神経伝達物質であるγーアミノ酪酸(GABA)を放出することのできる神経細胞も多くみられました。
また、この神経細胞は、感情とかかわっている海馬の部位に集中していたそうです。

このことがどういう効果をもたらしたのでしょうか?

それを調べるために、マウスをストレスにさらしました。5分間冷水の中に置いたのです。
この場合においても、マウスたちの脳の反応は、「運動をしているかどうか」によって分かれました。

最初は、全てのマウスで、脳は著しい興奮状態になりました。
しかし、運動するマウスでは、すぐに恐れと不安がなくなりました。ストレスによる影響が長くは続かなかったのです。たくさんの数の脳の神経細胞がGABAを放出し、すぐに恐れや不安を静めることができたのです。
反対に運動不足のマウスは長い間、不安に悩まされていたのです。

相反するかのように思うかもしれませんが、運動は脳の活動を活発にする神経細胞も脳の過剰な興奮を抑える神経細胞も増やす働きがあるのです。
つまり、適度な運動を行うことは脳の活動を適切な状態に保つのに効果的ということでしょう。

まとめ

運動の効能について、脳への影響を中心にまとめてみました。
ふだん運動していないと運動することはハードルが高く感じることもあると思います。
負担にならず楽しめる範囲の簡単なものから日常に取り入れてみるのもよいかもしれません。

参考)
脳の取扱説明書 p142、309
M. Okamoto et. al. Reduction in paracrine Wnt3 factors during aging causes impaired adult neurogenesis. FASEB J. fj.11-184697
Schoenfeld TJ et. al. Physical exercise prevents stress-induced activation of granule neurons and enhances local inhibitory mechanisms in the dentate gyrus. J Neurosci. 2013 May 1;33(18):7770-7. doi: 10.1523/JNEUROSCI.5352-12.2013.

http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2012/11/post-225.html
http://president.jp/articles/-/10350
http://www.dailymail.co.uk/health/article-2728964/Physically-fit-children-greater-brain-capacity-areas-important-memory-learning-study-finds.html
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/0806/200806_040.html