覚えようとしてもなかなか覚えられない…
そういう経験をした人は、案外多いのではないでしょうか。

そもそも人は忘れっぽくできています。

実際、それを証明するかのように、巷には記憶術に関する書籍があふれています。

そもそも私たちは、どのように記憶するのでしょうか?

そのメカニズムがわかると、記憶するためのコツがわかるかもしれません。

記憶はどのように作られるのか

私たちの記憶は、5つの段階を踏んで作られるとされています。

1.情報の選択
私たちは、ふだんの生活で、膨大な情報にさらされています。
そのため、接した情報すべてを覚えているということはできません。
なので、のちのち役に立ちそうな情報だけを選び、それ以外は見過ごされます。

見たものを写真のように記憶できるのは数ミリ秒(1ミリ秒=1000分の1秒)

聞こえる音をそのままの音として記憶できるのは数秒程度であるとされています。

この短い時間の記憶が感覚情報保存(感覚記憶)と呼ばれるものです。

ちなみに、視覚の感覚記憶のことをアイコニックメモリー iconic memory、

聴覚の感覚記憶のことをエコイックメモリー echoic memoryといいます。

2.情報を寝かせる
最初の段階で選ばれた情報は、それに関連した過去の記憶と結びつけられて貯蔵されます。
脳は、どうやら情報を集める作業と情報を保存する作業が同時にできないようなのです。
そのため、まず情報を集め、それを後から保存するということを行っています。

その過程で重要な働きをしているのが、睡眠です。
というのも、起きている間は常に新しい情報が入ってきます。
つまり、記憶の干渉が起きるわけです。

ところが、睡眠中にはその記憶の干渉は起きません。
深い眠りの中で、新しい情報に邪魔されることなく、整理整頓され、保存されるのです(記憶の固定)。

3. 想起
想起とは、一度覚えた記憶を「思い出す」プロセスのことです。
現在起きた出来事によって、保持されている適切な記憶(例えば次にとるべき行動を導くような情報)が思い出されます。

前脳基底部のアセチルコリン作動性神経系であるマイネルト核、ブローカー対角帯、内側中隔核の3つが主に関係しているといわれています。

4.変化
思い出すたびに、記憶は新しい情報と合うように少しずつ修正されます。
自分の願いや不安、イメージ、人からの誘導質問や暗示などによって、ありもしない記憶が作られたということも起きてくるのです。

5.忘却
定期的に思い出されない限り、蓄積されると同時に忘れ去られていきます。
そのため、不要な情報が消去されます。

そして、私たちは、残念なことに、それぞれの段階でいろんな失敗をしてしまいます。

例えば、1の段階で失敗すると、重要な情報を見落とします。
2の段階で失敗すると、情報は間違った事項とリンクされて保管されたり、新しいことが覚えることが難しくなったりします。
3の段階で失敗すると、喉まで出かかっている名前や単語が出てこなくなります。
4の段階で失敗すると、事実とは違った記憶が作られます。
5の段階で失敗すると、大切な情報も忘れてしまったり、逆に忘れたいことをいつまでも忘れられなかったりということがおきます。

意外と、過去の状況を正確に覚えておくというのは、大変なのです。

どれくらい忘れやすくできているのかー忘却曲線ー

 1885年にドイツの心理学者であるヘルマン・エビングハウスが発見したものに忘却曲線というものがあります。
忘却曲線とは、意味のない音節を記憶させ、時間ごとにどれくらい覚えているのかを調べたものです。

この忘却曲線は誤って理解されていることが多いのですが、実はこれ、正確には記憶の節約率を示したものです。

記憶の節約率とは、再び記憶するまでにかかる手間をどれくらい節約できたかです。
意味のない音節を覚えても、すぐに忘れてしまいます。
しかし、いったん覚えたことは最初に覚えたときの比べると簡単に覚えることができます。
ただ、最初に覚えた時から時間が経ってしまうと再び覚えなおすのに時間がかかってしまいます。
これを忘却の指標にしたわけです。

記憶するための3つのコツ

こんなに忘れっほくできている私たちですが、それでも記憶にとどめておくためには3つのコツがあります。

1.忘れる前に復習する、特にアウトプットは大切
2.興味を持つ
3.感情を味方につける

記憶するためには、忘れる前に繰り返し海馬を刺激することが大切であるといわれています。
つまり適切な時期(1ケ月以内)に復習することやアウトプットすることが、何かを記憶しようとしたときには効果的だということです。

しかし、それ以外にも記憶力を高める方法があります。
ここでのkey wordは『興味』と『感情』です。

まず、どれくらいそれに興味を持っているのか、ということが記憶に大きく関わってきます。たとえば、テストに出る歴史上の人物の名前は全く覚えられないのに、AKB48のメンバーは全員覚えているという人がいるのもそうです。これは興味があるものに対する時、脳波がθ波になるからといわれています。
θ波は、新しいものに出会ったり、冒険したりなど、外界に興味を示しているときに現れるとされています。海馬の神経細胞を柔軟にし、脳を感受性の高い状態に保つことに貢献しています。

そして、もう1つのkey wordである『感情』。
実は、感情を司る扁桃体が働いているとき、短期記憶から長期記憶への移行に関する海馬の長期増強(LTP)が起きやすくなる、つまり記憶として刻まれやすくなっているといわれています。
楽しかったり、哀しかったりした時の出来事って、しっかりと覚えていますよね。
つまり、何かを覚えたり、身につけようとしたりする時には、いかにそれに興味を持つのかということ以外に、いろいろと感情に触れる体験を通して学習することでしっかりと身につくということです。

ダ・ビンチは「食欲がないのに食べると健康を害するように、欲求がないのに学習すると記憶を損なう」とまで言っています。

アウトプットは大切!

個人的な感想ですが、このアウトプットの作業というのは、知識の整理に最適です。
インプットした段階では、理解したつもりになっていたことでも、いざアウトプットしようとすると理解が不足していることに気づくということも多いものです。

自分が得た情報が信頼性の高いものなのかということもそうですが、意外と難しいのがわかりやすい言葉に治す作業です。これには深い理解が必要になってきます。

実際、入力を繰り返すよりも出力を繰り返す方が、脳回路への定着が良いというデータがあります。

カーピック博士らが行った実験です。
ワシントン大学の学生を多数集めて、スワヒリ語40個を暗記する試験を行いました。

さすがにスワヒリ語を知っている人はいませんから、その時初めてスワヒリ語に触れるわけです。

どういう試験かというと、「adahama=名誉」といった単語のペアを5秒ずつ提示します。

それを頑張って覚えてもらいます。

いくら名門大学の学生さんとはいえ、さすがに40個いきなり覚えるのは無理です。

それで何回も繰り返して覚えてもらいます。

 

その時、学生さんを次の4つのグループに分けます。

1) 40個を通しで学習させ、その後40個すべてについて確認テスト。この学習とテストの組み合わせを完璧に覚えるまで何回も繰り返す

2) 確認テストで思い出せなかった単語だけを再び学習。確認テストは毎回40個すべてについて行う。テストで満点がとれるまで、この学習とテストを繰り返す

3) テストで思い出せなかった単語があったら、初めから40個すべてを学習。確認テストは以前に間違った単語のみ。不正解の単語がゼロになるまで学習とテストを繰り返す

4) 確認テストで思い出せなかった単語のみを学習し、再確認テストも以前に間違った単語のみ。不正解の単語がゼロになるまで学習とテストを繰り返す

 

3)と4)が早く終了するように思われますが、驚くことに、学習のスピードはこの4つのグループで差はなかったそうです。

ところが、この1週間後の再テストで大きな差がありました。
1)2)の方法で学習した場合、つまり毎回40個すべてについて確認テストを行ったグループでは、約80点と好成績でした。

ところが、3)4)の方法で学習した場合、つまり不正解の単語のみ確認テストを行ったグループでは約35点まで点数が下がっていたのです。

すごい違いですね。それだけアウトプットが大切ということでしょうか。

好きこそものの上手なれ

「好きこそ物の上手なれ」という諺がありますが、自分のしていることがどれくらい好きなのかで上達の程度も変わってきます。
そもそも好きでもないものにそれほど時間を費やす気にならなかったり、やっていても集中できなかったりするので、それは当然という気もします。
しかし、同じ時間、同じことをしていたとしても、それを好きでやっているかどうかによって上達の程度が変わってきてしまう可能性もあるのです。

カリフォルニア大学のShaowen Bao博士らが行った実験です。
ちょっと、ネズミさんには気の毒な感じなのですが、ネズミの脳の報酬系である腹側被蓋野と呼ばれる場所に電極を刺します。
報酬系とは、ヒト・動物のにおいて、欲求が満たされたとき、あるいは満たされることが分かったときに活性化し、その個体にの感覚を与える神経系です。

つまり、報酬系である腹側被蓋野に電流を流して刺激すると、報酬系が活性化して快感が生じるということです。

そのことを利用して、ある音程のサウンドを聴いたときに快感が生じるという状態をつくりました。

具体的には、ある音程のサウンドを聴かせたときに同時に微弱な電流を流して腹側被蓋野を刺激するということをしました。

たとえば9000ヘルツの音を聞かせた時に、その部位を刺激したとしましょう。

すると、当然、快感の回路を刺激するわけですから、9000ヘルツの音は好きになります。

ただ、それだけではないのです。なんと、9000ヘルツに対応する脳の領域まで広がっていたのです。

9000ヘルツに対応する神経細胞の数が増えたり、個々の神経細胞の反応が強くなっていたというから驚きです。同じように音を聞いていただけなのに、好きになっただけで脳の神経細胞の数や反応まで変わってしまったということです。

それだけ楽しみながらするということが大切だということです。

記憶力を高める土台をつくるには

記憶するための3つのコツについてお伝えしました。
しかし、そもそも自分の持つ記憶力を作るにはどうすればよいのでしょうか。
それには、睡眠、運動、ストレスを避けるの3つが重要になってきます。

しっかり眠って記憶力アップ

睡眠には、いろいろな効果がありますが、その一つに「記憶の固定」があります。

私たちが新しく覚えたことは、まず海馬で一時的に記憶されます。
この段階では、まだすぐに覚えたことを忘れてしまいます。

いわゆる短期記憶です。

これが繰り返し強化されることで長期記憶となって側頭葉に保存されます。

この段階になると忘れにくい情報となって後で思い出すことができるようになります。

これが記憶の固定です。

睡眠は、この記憶の固定に一役買っています。
ニューヨーク大学ランゴン医療センターがある興味深い実験を2014年6月5日のScienceに報告しています。

マウスで行った実験です。
マウスに激しく回転する棒の上を歩く訓練を行いました。
マウスたちがこの棒の上をどのように歩けば向こう側へ行けるのかを学んだ場合、マウスの神経細胞に樹状突起といって他の神経細胞に情報を伝える突起が生まれます。

そこで今度は、あるマウスにはこの棒を歩く練習をしてからすぐ7時間の睡眠をとらせました。そして、もう一方のマウスには7時間寝かせない状況を作りました。

すると、両者の脳には違いがありました。
訓練後十分に睡眠をとったマウスの方が、樹状突起の発達が良かった、つまり新しい経路ができていたのです。
マウスの脳の状態から考えると、十分に睡眠をとったマウスの方が、どのように歩けば向こうに行けるのかということを学んだことになります。実際、1日後と5日後のパフォーマンスを調べると、睡眠をよくとったマウスでは5日後にはさらにパフォーマンスの向上が見られたそうです。

要するに、何か新しいことを勉強した場合にはよく眠った方がそれが定着するというわけです。

運動すると成績が良くなる

脳の神経細胞を育てる一番の良い方法は運動だと言われています。
では、運動が実際の学力に影響を与えるのでしょうか?

イリノイ大学のヒルマン博士らが地道な調査をもとに次のようなデータを発表しています。
公立小学校の3年生と5年生について運動と学力の関係に対する大規模な調査を行ったところ、両者には相関があったそうです。

もちろん、あくまで、全体としての傾向ですから、一人一人を個人的に見ていくと、運動だけできる子や勉強だけできる子もいます。
特に、エアロビクスなどの有酸素運動が学力と一致していたそうです。

カリフォルニア州の教育者も同様の調査をして、似たような結果が出たことを報告しています。こちらでは科目別の検討もされています。
20メートルの「反復シャトル走」の成績と最も相関した科目は「数学」だったそうです。
運動と算数の成績は48%もの確率で一致したそうです。
ちなみに、国語の読解力についても40%の一致率を示しています。

ちなみに、自転車をこぎながら認知課題を解いた方が、じっと座って問題を解くよりも成績が良かったという報告や歩くことでθ波が出て覚えやすくなるという報告もあります。

有酸素運動が記憶に関する脳の部位を活性化する

有酸素運動は、前頭前野や帯状回、頭頂間溝などを活性化するといわれています。

読書の内容を理解する時には、脳の前頭前野や帯状回(たいじょうかい)が活性化します。
帯状回は、感情に関わる大脳辺縁系の各部位を結びつける役割をしており、感情の形成と処理、学習と記憶に関わりがある場所です。

そして、計算をする時には頭頂間溝(とうちょうかんこう)付近が活性化します。
頭頂間溝は感覚と運動の協調や視覚的注意に関わる以外にも記号的な数字の情報の処理や視覚的ワーキングメモリー、他人の意思表示の解釈にも関係しているといわれています。

さらに、子供の場合には背側前頭前野(はいそくぜんとうぜんや)も活性化します。背側前頭前野は判断、興味、意欲を司り、感情を司る扁桃体のバランスをとるとされています。

まとめ

記憶力を高めるコツについてまとめてみました。
ストレスは記憶に携わる海馬には大敵です。無理やり一気にやろうとせずに余裕をもってはじめるとよりよいかもしれません。

参考)
1. 脳の取扱説明書 p166, 282, 287
2. Ebbinghaus, H. 宇津木保(訳) :記憶について 誠信書房, 1885
3. Shaowen Bao et. al. Cortical remodeling induced by activity of ventral tegmental dopamine neurons. Nature vol. 412(5) July, p79-83, 2001
4. Karpicke JD, Roedinger HL 3rd. The clinical importance of retrieval for learning. Science 319 966-968, 2008
5. http://langint.pri.kyoto-u.ac.jp/ai/ja/k/076.html
If you really want to master a new skill, you should go right to bed after learning it.
Sleep after learning strengthens connections between brain cells and enhances memory