人の記憶というのは意外とあてにならないものです。
自分のことであったとしても、昔のことをそうそう正確には覚えてられません。
では、どれくらい人の記憶というのはいい加減なのでしょうか、
そしてどうしてそういうことが起きるのでしょうか。

いかに他人の記憶があてにならないのか

私たちの記憶というのは、いったいどれくらいあてになるものなのでしょうか?
自分が確かに経験したと思っていた記憶が実は違っていた…という経験をお持ちの方もいらっしゃると思います。
これが日常の些細な事であれば、単なる笑い話ですみますが、重大な物事になるとそうはいきません。

1984年にノースカロライナ州で2件のレイプ事件がありました
被害者はしっかりと犯人の顔を見ており、確信をもって目撃した人物を特定しました。
ところが、後にその犯人が全くの無実であることが発覚したのです

証言をした彼女は、かなりショックを受けました。
なぜ自分がそのような記憶違いをしてしまったのだろうかと真剣に悩み、自分の目撃証言により犯人にされてしまった人に謝ったそうです。
その後、二人は力を合わせて、目撃証言の事情聴取の手法と裁判での目撃証言の使用法の改善運動を行っています。

これは、はたして彼女個人だけの問題なのでしょうか?

実は、どうも誰にでも起きうる問題のようです。
それを示す衝撃的な研究結果があります。

学生に教育法についての映像だと説明し、教師たちが生徒たちと接しているところをみせます。
そして、映像の終わりの方で男性の泥棒が女性教師の財布からお金を抜き取っているのが映し出されます

実は、このお金を盗まれる映像の少し前に一方のグループには一人の男性教師が本を読み聞かせている映像を、他方のグループは被害にあった女性教師が本を読み聞かせている映像を見せています。

学生たちは映像を見終った後、「この中に先ほどの映像に出てきた泥棒はいますか?」と聞かれ、7枚の写真から学生に泥棒を選んでもらいます。
ただし、実は、この写真の中には泥棒は含まれていません。読み聞かせをしていた男性教師と無関係の6人です。

映像で男性教師を見ていない場合には、64%が泥棒の写真はない、と答えました。
ところが、読み聞かせをした男性教師を見ている場合には、60%の学生が無実の男性教師を泥棒として選び出したそうです。
泥棒はいないと答えられたのは、34%。
たった3分の1です。
きっと見せられた7枚の写真の中に犯人はいるはず…と思ってしまったんでしょうね。

思い込みです。

この中に答えがあるはず…という先入観が誤った答えを導き出しているのかもしれません。

人の記憶は都合の良いようにすり替えられる

記憶には思い出すたびに新しい情報と合うように少しずつ修正されるという特性があります。
なので、意外と事実と異なることを経験したと思い込んでいる可能性すらあります。
そして、おもしろいことに、こういった記憶のすり替えは、自分にとって都合のいいように起こることが多いそうです。

このことを示す調査があります。
アガサ・クリスティーを知ってますか?
そう、「名探偵ポアロ」などを書いた有名な作家です。

では、彼女が生涯に何冊の本を書いたと思いますか?
ある調査結果によると解答の平均値は51冊だったそうです。
実際には、彼女は66冊本を書いています。

そこで、同じ人に正解を伝えたうえで、「あの時、あなたは何冊だと推定しましたか?」という質問をします。すると、解答の平均値は63冊に増加するそうです。

自分に都合のいい方向に記憶が書き変わっちゃっているんです。
「かつての自分は正解こそしなかったけれど、それでも正解に近い解答をしていた」と思い込んでいるということです。

記憶が書き換えられるメカニズム

私たちが過去におこった一連の記憶を思い出す時に、私たちの脳は断片的な記憶を集め、その一連の記憶をもう一度構築していきます。

ところが、その再構築作業は往々にして間違いを起こします。
思い出す時に記憶の一部をすり替えが起ってしまうのです。
そのことが時には大きな問題を引き起こします。

アメリカでは、事件捜査にDNA鑑定が導入されて、冤罪が証明された最初の250人のうち、なんと75%もが誤った目撃証言によるものだったというデータがあります。
こういった誤った記憶がどうやって作られるのか…という事をマウスで証明した実験があります。

理研脳科学総合研究センターの利根川センター長ら研究チームが行った実験です。
マウスを安全な環境であるA箱に入れます。
そして、このA箱が安全であることをマウスに記憶させます。

実は、その記憶は特定の脳細胞に保存され、その細胞に光をあてると記憶を思い出させることがわかっています。

A箱が安全な環境である記憶されたマウスを今度は環境の違うB箱に入れます。
そして、A箱の記憶が保存されている細胞に光を当て、A箱の環境を思い出させます。それと同時にマウスが嫌がって恐怖反応(すくみ)を起こす弱い電気刺激を足に与えます。

そうすると、驚くことにA箱の記憶とその電気刺激の記憶が結びついてしまったのです。
電気刺激を加えられた時にマウスがいたのは全く環境が違うB箱だったのにですよ。

そのため、このマウスを安全な環境であるA箱に入れても恐怖反応(すくみ)を示すようになってしまったのです。
さらに、A箱の記憶が保存されている細胞群に光刺激を加えると、恐怖反応(すくみ)を示したそうです。

誤った記憶の出来上がりです。

人はマウスほど単純じゃないかもしれませんが、まぁ意外と昔の記憶はあてにならないという事です。どこですり替わっているか分からない…

 思い違いー無意識の情報処理ー

私たちが、日常で思わずやってしまう「いい間違い」「聞き間違い」「思い違い」。
これらのことを錯誤(さくご)行為と言います。

私たちの脳は、全く関係のない2つのことを結びつけてしまう性質があります。
特によく知らないものは、自分の身近なパターンに当てはめることで、より速く、その知らないものに対応しようとします。
複雑なものを自分が理解できるように単純化するわけです。

こういった私たちの無意識の情報処理、中でも記憶が関係して、いい間違い、聞き間違い、思い違いが起ってくるわけです。
無意識での処理、なので…いい間違い、聞き間違い、思い違いといった事は、学校での成績とは関係がなく、起ってきます。

この無意識の記憶についておもしろい実験があります。
子供たちにスライドで左右2つの絵を見せます。
例えば、左にネコ、右に汽車。左に太陽、右にご飯といった具合です。
そして子供たちには「右の絵に注目してください」と指示を出します。
そして、後でどちらの絵を覚えていたかをテストします。

とうぜん、注目するように言われた右の絵に関しては、学校の成績の良い子の方がよく覚えていました。
ところが、注目しなくても良かった左の絵に関しては、むしろ学校の成績が良くない子の方がよく覚えていたんです。

これは、成績の良い子は、自分の注意をコントロールし、また左は覚えなくてもいいと抑制してしまうからではないかとされています

つまり、成績の良い子は必要なところに意識を集中する力が強いため、授業中に先生が「ここが大切ですよ」といった事はよく覚えています。
ところが、成績の良くない子は、大切だと指摘されたことよりもむしろ先生の言った雑談の方をよく覚えているというわけです。

参考
・脳の取扱説明書 p172
記憶の曖昧さに光をあてる -誤りの記憶を形成できることを、光と遺伝子操作を使って証明-
記憶のメカニズム