ときに自然は驚異となりますが、私たちに多くの恩恵をもたらしてもくれます。
実際、自然の中へ行くと癒されるという経験をした人も多いでしょう。

残念なことに、最近は子どもたちの遊びが変わり、自然に触れる機会は減ってしまいました。
けがをするリスクのある遊びは敬遠され、テレビやゲームなど屋内で遊ぶことが多くなってきています。

これは何も日本に限ったことではなく、他の先進諸国でも同じ傾向が見られます。
アメリカでは、2006年から2010年の間で定期的に外で遊ぶ子供たちが15%も減ったそうです。
この結果は、子どもの発達を考えると少し残念なことです。

では、なぜ自然に触れることがよいのでしょうか?
自然が私たちにもたらす効果について、まとめてみました。

見るだけでも違うー日常生活に自然があることの効果ー

最近の研究では、自然の中に出かけることで、創造性・幸福度・集中力が上がるということがいわれています。

イリノイ大学の景観・健康研究所所長の Frances Kuo氏は、日常生活の中で自然に触れることがもたらす恩恵について、詳しく調べています。

1990年代後半に、シカゴのサウスサイドにある大規模な公営住宅地に住む女性たちにインタビュー調査を行いました。

まず、女性たちを以下の2つのグループに分けました。
1)コンクリートの殺風景な建物や駐車場といった風景しか見えない住居に住んでいる人
2) 木々や花壇のある芝生が見える住居に住んでいる人

そして、この2つのグループに対して、注意力テストや人生の大きな問題にどう対処しているのかを調べる調査を行いました。

結果はというと、皆様の予想通り、
2)の木々や花壇のある芝生が見える住居に住んでいた人たちは、あらゆる項目で成績が良かったそうです。

では、なぜこういう結果になったのでしょうか?

Kuo氏は、木々などの自然を見るだけで、リフレッシュされ、集中力がアップするせいではないかと考察しています。
つまり、私たちは自然を見るだけでも精神的に良い影響を受けるというのです。

花の効果

花にはいろいろな心理的な効果があるといわれています。

花の色や種類によってもその効果は違ってくるそうですが、なんとなく花を見ているだけで、ほっとしたり、気分が軽くなったりしたという人もいるのではないでしょうか。

花には、ストレスを和らげたり、疲れを癒したり、落ち込みや混乱を軽くしたりするだけでなく、怒りを鎮めたり、緊張を和らげたり、活気が得られたりといった効果があるそうです。

こういった効果の多くは、花が持つ香りによって発揮されます。
というのも、香りは直接的に感情に働きかけるのです。

しかし、花はこういった香りの作用だけでなく、視覚によっても効果を発揮するようです。
ただ単にお部屋に飾られた花を眺めているだけでもストレスを軽くし、リラックス効果が期待できるのです。

実際、花のある時と花のない時とで自律神経の働きにも違いが出てくるということがわかっています。

指尖容積脈波(しせんようせきみゃくは:注1)という交感神経と副交感神経の活動を調べる機械を用いて検査したところ、花のある時には交感神経の活動は抑えられ、副交感神経の活動が活発になっていたという報告があります。
つまり、花があると、副交感神経優位のリラックスした状態になりやすいということです。

見るだけでも違うー職場環境に自然があることの効果ー

自然が身近にあることで日常生活が過ごしやすくなるようですが、仕事の面においてはどうなのでしょうか。

1993年ミシガン大学のKaplan博士らは、自然が見える職場環境がもたらす効果について報告しています。
デスクから自然が良く見える従業員とそうでない従業員を対象に、仕事上のストレスや仕事の満足感の調査を行いました。
すると、職場で自然が良く見える従業員の方が、ストレスが軽く、仕事に対する満足感も高く、自分は健康であると感じる傾向にあったそうです。

これは、自然には日常を忘れるという「逃避」の要素と目を奪われる「魅了」の要素があるためだとされています。
これらの要素があると回復が速くなるようです。
そのため、自然に触れることでポジティブな感情が出てくるのです。
そして、この自然がもたらすストレス軽減と疲労回復の効果は、自然が好きな人ほど強く現れるそうです。

しかし、自然には、まだまだ秘めた効果がありそうです。
その効果の機序はまだわかってはいないものの、自然に触れる機会が多いほど注意欠陥障害の子供の状態に改善がみられたという報告もあります。
更には、自然に触れることで怒りの感情が軽くなり、攻撃性も低下するといわれています。

自然のパワー恐るべし。

そして、当然とも言えますが、自然と触れ合う機会が多い人ほどウェルビーイングが高く、環境問題への関心が高く、環境に配慮した行動をとりやすいそうです。
ちなみに、ウェルビーイングとは、個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることです。

自然の中を散歩することがもたらしてくれるもの

では、本当に住宅環境や隣人との関係ではなく、自然を見ることが人の認知機能や精神に影響を与えたのでしょうか?
それを裏付けるような実験結果があります。
2008年にミシガン大学のMarc Berman博士らが行ったものです。

何をしたかというと、ミシガン大学の学生たち38人にGPS受信機を持たせて、50~55分歩き回ってもらいました。
当然、植物園を散歩する学生もいれば、繁華街を歩き回る学生もいます。
そこで、今度はその学生たちに心理テストを受けてもらいます。

すると、自然の中を歩いていた学生の方が、機嫌がよく、注意力テストやワーキングメモリーを調べるテストで、大幅に成績が良かったそうです。
驚くことに、実際にその場に行かなくても、自然の写真を見るだけでも効果があったのです。

更に面白いのが、自然を見ることでストレスの影響を受けにくくなるという実験結果もあります。
何をしたかというと、被験者に数学のテストなどを受けてもらい、ストレスをかけます。

そして、その後に以下の3つのグループに分けます。
1) 自然を見渡せる窓の近くで過ごす
2) 自然が写されたプラズマテレビの前で過ごす
3) 殺風景な部屋の壁を見て過ごす
すると、1)の自然を見渡せる窓の近くで過ごしたグループが最も速くストレスが軽減されたそうです。

自然の中に行くことで創造性がアップするという報告もあります。
Kansas大学の心理学者Ruth Ann Atchley博士が行った実験によると、自然の中にいたハイカーたちは創造力のテストの成績がおおよそ50%もよかったそうです。
携帯電話から離れ、自然の中で3日間過ごした後にピークに達するのではないかと推察しています。

森林浴

『森林浴』という言葉があるように、森林には人を癒す効果があります。
なんとなく、都会の喧騒から逃れ、新鮮な空気を吸うことで、心と身体がリフレッシュされる感じはしますが、ふだんの生活に取り入れるとなるとなかなかハードルが高いイメージもあります。
月に一回でも行くと効果があるともいわれていますが、どうして森林に行くと癒されるのでしょうか。

森林浴とは何か

そもそも森林浴とは、樹木に接し精神的な癒しを求める行為のことです。
つまり、近くの公園や林で樹木に触れることから、キャンプ、登山、さらには植物園見学まで幅広く、森林浴に含まれます。

日本で森林浴という概念が取り入れられたのは、1982年に当時の林野庁などが提唱したのが始まりです。
“森林の 中には殺菌力を持つ独特の芳香が存在し、森の中にいることが健康な体をつくる”という考えのもと作られたオリジナルのものだそうです。

森林浴の発祥の地は、長野県の赤沢自然休養林です。
健康な体づくりのために国有林 や他の自然林を利用して、心身ともに鍛えることから始まりました。
2004年以降、森林浴の効果を科学的に検証して、予防医療などに役立てる取組みも始まっているそうです。

なぜ森林に行くと癒されるのか

森林に行くと癒される要因として以下の4つが挙げられています。
森林の空気は排気ガスなどが含まれる都市部の空気より体に優しい
樹木の香りが心を落ち着かせ、リラックス効果をもたらす
・枝葉のさわめきが1/fの揺らぎを持っているので気持ちが安らぐ
日常と離れた場所にくることにより雑念を忘れられる

(独)森林総合研究所が国土緑化推進機構の委託を受け、全国各地の森林セラピー基地候補で森林セラピーの効果について調べた実験があります。
男子大学生12名を2つのグループに分けます。そして、森林部にいた場合と都市部に滞在した場合の身体の生理学的反応を調べました。翌日は、実験地を交代して行っています。

まず、朝食前に12名全員の測定を行います。その後、6名ずつ森林部もしくは都市部を歩いてもらいます。
午後には、全員15分坐観を行い、夕食前に12名全員の測定を行いました。

すると、森林部を歩いた場合の方が、リラックスした時に働く副交感神経の活動が高まり、ストレス時に高まる交感神経の活動が抑えられていたのです。
なんとストレスホルモンであるコルチゾールの唾液中の濃度も低下していたそうです。
たった15分なのに…。

実は、病気の発症予防の効果も期待されています。
2005年に都市部の疲れたサラリーマンを対象に行った実験では、23日の森林浴によって癌の発症を予防し、ウイルスから身を守ることに働くナチュラルキラー細胞の活性が52.6%も上がったそうです。

樹木の香り「フィトンチッド」の効果

私たちの目を楽しませてくれます桜ですが、桜には強い抗菌作用があることがわかっています。
そのため、桜もちは日持ちがよく、食べることで体内の雑菌を殺し、体の中をきれいにする効果があると言われています。
樹木は「フィトンチッド」と呼ばれる香りを発散しているのですが、特に桜のフィトンチッドは抗菌作用が強いそうです。

私たちが、自然の木々に囲まれていると、なんとなく癒される感じがするのもフィトンチッドの作用であるとされています。
「フィトンチッド」は植物の根や幹に含まれていて、葉っぱからその成分を外に出しているそうです。
なので、樹木が生い茂っている森林には「フィトンチッド」があふれています。
実際に、森林には、リラクゼーションや免疫機能改善に効果があるということがわかっています。

そして、この「フィトンチッド」には、先ほども述べたように殺菌・防腐効果や消臭・脱臭効果があることがわかっています。
そもそも、このフィトンチッドがなぜつくられるようになったかというと、植物が有害な微生物や昆虫から身を守るためなのではないかとされています。
昔の人が、木の皮におにぎりを包んでいたのも、そういう理由だったのですね。

心身に深いリラクゼーションをもたらす「フィトンチッド」ですが、以下の効果もあることがわかっています。
1. 脳波がα波になりやすく、精神が安定する
2. 呼吸を正常に整える
3. 交感神経の緊張を抑え、快適な睡眠をもたらす
4. 肝機能を改善する

ちなみに、樹木が出す「フィトンチッド」の量は、6月~8月が多いそうです。
木製品でも効果があるそうですよ。

1/fゆらぎがもたらすもの

実は、自然界の風や太陽、私たち人間の心臓の鼓動や脳波もゆらぎを持っていると言われています。
月の光や木漏れ日、ろうそくの炎などを眺めたり、小川のせせらぎや心臓の鼓動を聞いた時にリラックスするのもそのためだとされています。

たとえば、ついつい眠くなる車や電車の移動。
私たちが車や電車での移動中に眠くなるのは、ゆらぎを感じるからだと言われています。
というのも、ゆらぎを感じると交感神経が抑えられ、副交感神経が活発になってリラックスするそうです。

これは、健康な心臓が生み出す心拍の間隔が、1/fで揺らいでいることと関係しているのではないかと考えられています。
つまり、1/fのゆらぎが私たちの生命が安全であると感じさせるのです。
そのためか、1/fのゆらぎが脳の腹側被蓋野(ふくそくひがいや)というところにあるA10神経核というドーパミン作動性ニューロンが多く存在するところを活性化し、快感を生み出すようです。

私たち人間だけでなく、動物もゆらぎを心地よく感じるそうです。
実際に、鶏に1/fゆらぎを持つ音楽を聴かせるとたくさん卵を産むことがわかっています。

1/fゆらぎとは、規則正しさと不規則さがちょうどよいバランスで調和したパターンのことです。
モーツァルトやバッハ、ベートーベンなどの音楽は1/fゆらぎをもっているとされています。

近代的なビルや大量生産された商品など規則正しく人工的に作られたもの、精密に加工されたものには、基本的にゆらぎはないそうです。
いっぽう、手作りのものや自然の木肌を生かしたものにはゆらぎがみられます。

なんとなく手作りのものに惹かれたり、自然の中に行きたくなるのもそのせいかもしれません。

海は空気をきれいにする

海は見ているだけでも心が癒されますが、実はそれだけでなく私たちの身体にも直接、良い影響を与えてくれています。
というのも海は空気をきれいにしてくれるらしいのです。

アメリカのカリフォルニア大学サンディエゴ校が行った調査によると、ロサンゼルスのような海岸沿いの都市では、他の都市よりも15%も有害物質が少ないそうです。

最近では、ほぼ全世界的にオゾン層の破壊が進んでいます。
オゾン層は有害な紫外線を吸収し、地球の生態系を保護しています。
このオゾン層の破壊による有害紫外線の増加やガソリンが燃焼することで出てくる窒素化合物などによって光化学スモッグなどの公害が発生してきます。

そこで、研究チームは、海が本当に空気をきれいにしてくれるのかということを調べました。
具体的には、ロサンゼルスの沿岸の陸地から海に向かって汚染された空気が押し流されたとき、スモッグの原因となる窒素酸化物が海面上でどのように変わっていくのかを観察しました。

この研究のリーダーであるティム・バートナム氏によると、海は、塩分や有機物を多く含んでいるため、そこでいろいろな化学反応を引き起こす可能性があるそうです。

窒素酸化物の酸化により生じる分子、五酸化二窒素は、海中の塩化物に反応し塩化ニトリルを形成します。
通常、日光がこの塩化ニトリルに当たると、窒素酸化物が再生されるだけでなく、塩素ラジカルを排出し、オゾン層を攻撃します。

ところが、驚くことに、実際には、五酸化二窒素が海中に入っていったにもかかわらず、そこから作られるはずの塩化ニトリルが大気中に排出されて来ませんでした。

つまり、海が大気汚染のもととなる物質の受け皿になってくれたのです。
私たちを守ってくれているんですね。

まとめ

自然が持つ効果についてまとめてみました。
ストレス社会といわれる現代、意識的に日常生活の中に自然に触れる機会をもつとよいかもしれません。

注1)指尖容積脈波:末梢の血行動態をみる検査。
指先(手または足)に光線を当てて末梢細動脈の容積変動を測定する。
一般的に、副交感神経が反応すると脈波振幅値は上昇し、交感神経系が反応すると脈波振幅値は低下する。これは、自律神経機能の反応による末梢の(遠位の)血管の拡張と収縮に関連していると考えられる。

参考
Rachel Kaplan  The role of nature in the context of the workplace. Landscapeand Urban Planning, 26 (1993) 193-201
Landscape and Human Health Laboratory
Mom was Right: Go Outside by Jonah Lehrer The Wall Street Journal 05/25/12
http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-2575136/Scientists-say-seas-surface-helps-clear-smog-sleep.html
森林浴の歴史について 小 林 功ら 群馬パース大学紀要第15号別刷 2013年3月
http://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/kouho/Press-release/2005/1013-b2.pdf
http://www.ffpri.affrc.go.jp/pubs/koufu-pro/documents/seikasyu46.pdf
http://www.shinrin-ringyou.com/mokuzai_jyu/phyton.php
http://www.maff.go.jp/j/seisan/kaki/flower/f_kouyou/pdf/24_leaflet1.pdf