私たちの行動を決定する要因は、感情であるといわれています。
論理的に行動しているようにみえていても、実際には感情が外部の刺激に対して生存上有利か不利かの判断をし、行動の大半を決めてしまっているそうです。

そして、五感は感情に対して判断材料の情報を与えています
その中でも大きな役割を果たしているのが、香りです。

香りで行動が変わる

香りは、直接的に感情に働きかけるとされています。
つまり、私たちは知らず知らずのうちに、周りの環境から出される香りによって影響を受けている可能性があるのです。

実際に、香りが具体的な考えや行動に影響を与えたことを証明した実験があります。

洗剤の香りを嗅ぐと片づけがしたくなる

ラドバウド大学のホランド博士らが、50人の学生にコンピューター上の単語を探すテストをしてもらった実験です。
自分が顕在的に感じとれるレベル以下、つまり全く気が付かないくらいの洗剤の香りを嗅いだ場合には、「清潔」「片づけ」などの単語をすばやく見つけられるようになりました。
しかも、その日の予定を聞いたときには、「部屋を片付ける:だったり「車を洗う」といったことを答える確率が高かったのです。

おもしろいことに、ぼろぼろと崩れやすいクラッカーを食べるときに、自分の口元からクラッカーのかけらを拭き取るといった行動が3倍多くなっていたそうです。

清潔な香りは倫理的行動をもたらす

ブリガムヤング大学のケイティ博士が行った実験です。
被験者を2人1組のペアにします。
そして、ペアの一人は無香の部屋に、もう一人はシトラスの香りののする部屋に入ってもらいます。
そこで、次の2つの実験を行いました。

最初の実験は、被験者に12ドル渡し、隣の部屋にいるパートナーと分けてもらいます。
ただし、パートナーには、元の金額は知らされていません。
すると、清潔感ある香りの部屋の被験者はパートナーに平均5.33ドル分けました。
ところが、無香の部屋の被験者は、たった2.81ドルしか分けなかったそうです。

次に、その2つのグループに対して、それぞれ慈善団体へのボランティアと寄付に関する意識を調査しました。
清潔な香りの部屋の被験者のボランティアへの興味は7点満点中4.21点、そして22%の人が寄付を希望したそうです。
それに対して、無香の部屋にいた被験者たちはというと、ボランティアへの興味は7点中3.29点、そして、たった6%しか寄付の意思がなかったのです。

おもしろいのが、被験者たちは部屋の香りには気づいていなかったのです。
また、実験時の気分と結果との間にも関連性はありませんでした。

香りで気持ちが変わる―元気になる香り―

香りは直接、感情に働きかけるとされています。

イギリスのトイレタリー・メーカー「Radox」が行ったアンケート調査によると、男性と女性とでは元気になる香りが違います。

女性は、1位:レモン(34%)、2位:焼きたてのパン(16%)、3位:洗い立てのシーツ(12%)、4位:海辺の香り(10%)、5位:花(9%)

男性は、1位:ベーコンを焼く香り(19%)、2位:焼きたてのパン(16%)、3位:コーヒー(11%)、4位:フィッシュ&チップス(8%)、5位:海辺の香り(8%)

男性の上位を占めるのに食べ物が多いというのは、ちょっと笑えますね。
女性の方が香りに敏感で、より感情に影響を与えやすいというのも関係しているのでしょうか。

男性はより視覚に反応するとも言われています。
ちなみに、男性が見たら元気になるものは、
1位:魅力的な女性(55%)、2位:きれいなビーチ(40%)、3位:スポーツ観戦(37%)、4位:肉汁滴るステーキ(37%)、5位:人の笑顔(36%)

こういうものでも男女の違いってでるのですね。

香りで売り上げアップ

香りの性質をうまく活用したのが、ラスベガスのミラージュホテルです。
このホテルは、香りにより成功したともいわれています。

ある独特の香りが、ホテルのカジノ内の換気装置から意図的にまかれているそうなのです。
一時、「ココナッツバターにはギャンブルをさせる力がある」という噂がまことしやかに流れ、カジノを持つホテルがこぞって導入したがったそうです。

ちなみにこの香りを導入した人はこのことを強く否定しています。
毎日嗅いでいるけど、決してギャンブルはしたくならない…という理由からですが。

では、なぜ彼はこの香りをホテルに導入したのでしょうか。

それは、視覚に訴える室内演出と同じ目的だったといいます。
居心地良く、寛げる雰囲気にすることで、お客さまにその場所から離れがたいと感じてもらおうと思ったそうです。

そのためには、使用する香りは、その場に調和したものでないと意味をなしません。

その空間がどのように利用されるのか、どういう客層をイメージして設計されたものか、ということを考える必要があります。
その上で、その空間がさらに居心地の良いものになるような香りを選ぶことが大切になってくるのです。

マーケティングの調査によると、人々は感じのいい香りがしているお店を高く評価し、何かを買おうという気になりやすいのだそうです。
カジノの中でもいい香りがする一角にあるスロットマシーンは利用率が高まる傾向があるといわれています。

香りのない世界ー無嗅覚症―

嗅覚は、視覚や聴覚と比べると軽視されやすい傾向があります。
しかし、実際は、私たちが思っているよりも重要な働きをしています。

無嗅覚症という匂いを感じなくなる病気があります。
それにかかると腐った食べ物の判別やガス漏れ、調理の際に鍋を焦がすリスクや食事の楽しみが減ります。
ここまでは、病気にかかっていなくても何となく想像がつきます。

でも、実際にこの病気にかかった人たちに話を聴くと「匂いがしたくなって一番寂しいのは人の匂いがしない事だ」という意見もあります。

私たちがふだん生活をしている時、なかなか人の匂いのことをそこまで気にしていません。
そのため、その寂しさを理解しがたいと思います。
しかし、匂いを失った人の立場からすると、人の匂いが全くしないということは、人と一緒にいても何かが欠けた感じになってしまうらしいのです。

身体が自然に発している匂いは、ひとりひとり特別なものであり、個別の「匂いのサイン」を持っているとも言われています。

実際、生後数日もすると、自分の母親の匂いを区別することができるそうです。
これは、胎内でも匂いを嗅ぐことができ、羊水を通じて母親の匂いになれるようになってきているからではないかと考えられています。

おもしろいことに、一卵性双生児の場合は、たとえ親であっても二人の匂いを区別することはできないそうです。
二卵性双生児の場合では、簡単に識別できることから遺伝的関与が考えられています。
ここに強く関わっているのが、MHC (major histocompatibility complex)、主要組織適合性複合体と言われるものです。

自分の兄弟や子供、両親は、自分に近い匂いとなるから、他の人と区別しやすくなるのではないかとも言われています。

そして、無嗅覚症の方にとって、苦しみを深める要因になると言われているのが、匂いを感じられないという障害のつらさを人に理解されないことだそうです。
確かに、本人が言わなければ、障害があることもわからないですし、日常生活に誰かの助けが必要ということもないでしょう。

臭いのない世界を想像すると味気ない感じはしますが、実際のところは、なった当人にしかわからない辛さなのかもしれません。

まとめ

香りの効能についてまとめてみました。
嗅覚は、五感の中で最も原始的な感覚であり、感情や記憶と関連しているといわれています。
思いもよらない形で、私たちに影響を与えているのかもしれません。

http://science.slashdot.jp/story/09/10/28/0342258/清潔な香りは倫理的な行動を促進?
Clean smells promote ethical behavior
Clean smells promote moral behavior, study suggests

脳の取扱説明書 p111、113