私たちはどれくらい自分のことを分かっているのでしょうか。
意外と他人のほうが自分のことを分かっているということはよくあることです。

特に日本人は、小さいときから規則を守り、周りの人たちに合わせるように育てられてきました。
そのため、他人の声を聞くのに必死になって、自分の心の声を聞くことを忘れがちです。

他人の気持ちに配慮しないでいいといっているわけではありません。
他人の気持ちに配慮するのと同じくらい、自分の気持ちにも気を配り、自分の気持ちに正直になってもいいかなと思うのです。

私たちは、どのくらい自分のことを分かっていないのでしょうか。

そもそも、隠された本当の自分を分かる必要はあるのでしょうか。

自分が本当に望んでいることを知る重要性
ー嘘をつくのは大仕事ー

嘘をつくということは、脳にとっても身体にとってもかなりの負担になります。

アメリカのテンプル大学脳画像センターのScott Faro博士が行った実験です。
6人の被験者たちに模造銃を撃ってもらいます。
その後で「銃を撃たなかった」と嘘をついてもらいました。
さらに、別の5人の被験者たちには、銃を撃たずに「銃を撃たなかった」と真実を語ってもらいました。
そして、嘘をついた人と真実を語った人の脳の状態をfMRIを使って比べました。

すると、嘘をついている人たちは、真実を話した人に比べてより多くの部分の脳が活動していたそうです。
嘘をつくということはそれだけ脳にとって大変な作業のようです。

この実験ではポリグラフも使っているのですが、ポリグラフでも嘘をついた人と真実を語った人では明らかに違いがあったそうです。

ちなみに、ポリグラフは、心拍数や血圧、呼吸数をモニターするもので、嘘発見器としても使われたことがあります。要するに嘘をつくと身体が緊張状態になります。
その見た目には分からないわずかな変化を機械でとらえるわけです。

実験で頼まれてついた嘘でさえ、脳や身体に負担がかかっているわけです。
なので、それが自らついた嘘であればさらなるストレスがかかることでしょう。

同じような言葉を発し、行動をしたとしてもその人が本当の自分の気持ちに添って行動しているのか、自分を抑えつけた結果そうしているのかでは大違いです。
意外と他人の目から見た方が分かることもあります。

自分に正直に生きている人が魅力的に見えるのは、その瞬間をリラックスして楽しんでいるからなのかもしれません。

自分を知ることは意外と難しい

自分に正直に生きたいと思っていても、自分がなにを望んでいるのかは意外とわからないものです。

実際、自分が顕在意識で認識できるのは言語野がある左脳でとらえたことだけで、右脳でとらえた情報は、キャッチしにくいといわれています。
(参考:私の知らない私―顕在意識は右脳の眼替えを理解できない

特に、現代社会は言葉での情報が氾濫し、左脳優位の生活を強いられることも多いため、かすかな右脳の声は捉えにくい時代になっています。
そうすると、世間一般の常識や既存の概念から外れた発想というのは出てきません。

今までの自分と違った自分というのは認められないのです。

自分と他人の境界線

不思議に聞こえるかもしれませんが、自分のことを自分として認識することさえも実は複雑な脳の働きがあって初めて可能になってきます。

『鏡に映った自分を見て、自分とわかる』

そんなの当然じゃないと思うかもしれませんが、鏡に映った自分を見て自分と認識できるのは1~2歳になってからです。
アルツハイマー病の患者さんの中には、自分がどうしても他人に思えてしまうということがあります。

この『自分を見て自分とわかる』ということに関係しているのが、両側大脳半球の上側頭溝後部です。
実際、経頭蓋磁器刺激法 (TMS)で頭皮の表面を刺激して、側頭葉の機能を一時マヒさせると、写真に写っている自分が自分と認識できなくなるという報告もあります。

これは、改めて考えるととても不思議な感じがします。
というのも、自分を自分として認識するということにも「するかしないか」という2つに1つの選択ではなく、その中間地点、自分と認識している程度にも個人差がある可能性を含んでいるからです。
日常生活を送れるくらい日本語が喋れるといっても、その言葉を操る能力には個人差があるように…

さらにおもしろいことに、この自分を自分として認識する部位は、他人に対して共感する部位でもあります。
相手の目や口の動きに強く反応し、コミュニケーションに関わる身体動作(視線、話者の口、手の動作)に反応するとされています。ここが働くことで相手の視線の先を追ったり、視線を合わせたりすることができます。

自己を認識するということと相手に共感する能力に関連性があるということです。
『自分と他人の境界線』も案外、この部位と関連しているかもしれません。
一見、逆説的ですが、これは自分を自分として認識して初めて、真に相手に共感できるということを示しているような気がします。

私たちは、自分が他の人とは独立した別の存在であるということも分かっているようで意外とあいまいに捉えてしまっていことがあります。
たとえば他人の問題まで自分のこととして抱え込んでしまう、というのはありがちなことです。

自分自身をしっかりととらえることで、勝手に相手に同調してしまうのではなく、客観的な視点をもって相手に共感できるのかもしれません。

自分を知るために

では、どのようにしたら自分のことを知ることができるのでしょうか?

大きく分けて2つ。
1つ目が、自分の内なる声をキャッチする力を磨くこと。
そして、もう1つが否定しないこと、つまりはありのままをみつめることです。

自分の内なる声をキャッチする力を磨くために繊細な自分の変化を感じとる力を磨く必要があります。
そのためには、五感をきたえることと身体を整えることが重要です。

逆に、スマートホンなどの携帯電話、インターネットなどを長時間使っていたり、睡眠不足になっていたりすると内なる声をキャッチする力は弱まってしまいます。
たとえば、食事をしながらスマホを眺めるといったことは、味覚を弱めることになりかねません。

そして、ありのままをみつめるためには常識や既存の概念に縛られないことが重要です。
せっかくとらえたぼんやりとした情報も無意識的な常識のセンサーの前では太刀打ちできなくなってしまいます。

この常識のセンサーの網から逃れるには、思考をお休みする必要があります。
そのためには、のんびりと散歩したり、自然の中に身を置いたり、瞑想したりするのが効果的です。

まとめ

自分を知ることの難しさとその改善法についてまとめてみました。
自分で自分を知るということは、楽に楽しく生きるためには欠かせないものです。

なんとなくしんどいと感じたら、本当の自分の声が聞えていないのかもしれません。
どういう自分でも否定せずにありのままを受け入れると決めてみるというのも1つの方法です。
自分が自分を受け入れて初めて、他人からも本当の意味で受け入れられたと感じられるのかもしれません。

参考)Mark Peplow. Brain imaging could spot liars.Tests reveals patches in the brain that light up during a lie.
Published online 29 November 2004 | Nature | doi:10.1038/news041129-1