私たちは往々にして過去にとらわれ、一歩を踏み出せないということがあります。
過去にとらわれているというのは、過ぎ去ってしまった過去に固執し、振りまわされている状態です。
この状態のときには、新しい未来を作り出すことはできません。

いっぽう、過去をふり返ることは、過去の経験によって身につけた習慣化したパターンや自分では気づいていない力や能力、回復力に気づくことです。
そのため、今までの自分を認め、自分自身を大切にすることにつながってきます。

似ているようで全く違う「過去にとらわれること」と「過去を振り返ること」についてまとめてみました。

過去にとらわれること

私たちには、過去にこだわってなかなか自分を変えられないということがあります。

とてもいい思い出があったり、逆につらい思いをしたり、現状の生活に変化がなく暇を持て余し過去の思い出を何度も反芻したりすると過去にとらわれやすくなります。

とはいえ、過去を変えることはできません。

特に、この過去にとらわれてしまう人というのは、以下の特徴があるといわれています。
・現在の人生が楽しくない
・趣味がない
・夢や目標がない
・他人の目を気にしすぎる
・生きる楽しみがネット上にしかない

なぜ過去にとらわれてしまうのか。脳の特徴は?

では、このように過去にとらわれてしまう人の脳には、なにか特徴があるのでしょうか。

この過去にこだわってしまう性質には、脳の眼窩前頭皮質(がんかぜんとうひしつ)という場所が関わっていると考えられています。
ちょうど私たちの目玉が収まっている眼窩と呼ばれる骨の上です。

オックスフォード大学のRolls博士らが行った逆転学習という実験があります。
被験者にAとBの写真を見せます。
Aの写真を見せた時にボタンを押すと報酬がもらえます。
逆に、Bの写真を見せた時にボタンを押すと罰が与えられます。
これを学習させた後に、このルールを逆転させます。

普通の人は、ルールが逆転したことにすぐに気づき、新しいルールにのっとってボタンを押します。
しかし、眼窩前頭皮質に障害があると、これができません。

これは、ルールが逆転したのに気づかないからというわけではないそうです。
ルールの変更に気づいているにも関わらず、前のルールにのっとってボタンを押してしまうのです。
実際、この部分が障害は、IQや言語記憶とは関係がなかったそうです。

つまりは、今までのルールにのっとったままだと損をすることが分かっているにもかかわらず、そのパターンを変えられないということです。

この実験だけ見ていると不思議ですよね。
ただ、ここまで極端ではないにしても、同じようなことが日常ではよくあります。

過去の成功体験や失敗体験にこだわって、状況の変化に対応できないということを経験したことがある人もいるのではないでしょうか。
できれば、状況に応じて、柔軟になりたいものです。

過去のとらわれから解放されるー脳からみた改善法とはー

では、どうしたら状況に柔軟に対応できるようになるのでしょうか。

過去にとらわれることに関係している眼窩前頭皮質を鍛えるのがよいかもしれません。

この眼窩前頭皮質を鍛える方法として、推奨されているものがいくつかあります。
・人と顔を合わせてコミュニケーションをとること
・運動をする
・座禅
だそうです。

過去をふり返ること

過去に固執することが新たな未来を切り開く妨げになるいっぽう、過去をふり返ることは自分自身を認め、癒すことにつながります。

とはいえ、自分を責めながら過去をふり返るのは逆効果です。

過去をふり返る効果と効果的な振り返り方についてみていきましょう。

過去をふり返ることがもたらすもの

イギリスのSouthampton大学のSedikides博士が行った研究によると過去をふり返ることには以下の4つの効果があるそうです。

1) 孤独を慰め、心配や退屈を和らげる
2) 周囲の人への感謝の念を思い出させてくれる
3) 心も体温も少し暖かくなる
4) 人生に対して楽観的で肯定的な気持ちを高める

純粋に過去を振り返るということは、自分自身が送ってきた時間を大切にし、過去の自分を客観的に認めてあげることです。

そのことは、今ある自分自身を大切にすることにつながります。
そうすることで、周囲に感謝し、そして心を広く前向きな気持ちで進んでいくことができるそうなのです。

なぜ過去をふり返ることが効果的なのかーノスタルジアがもたらす自己連続性ー

過去における思慕の感情であるノスタルジアには、過去の自分と現在の自分が同じであると感じられる自己連続性を回復させる働きがあると言われています。
この自己連続性は、アイデンティティを構築する上で重要となってきます。

また、過去の自分と現在の自分が同じであると思えなくなるとネガティブな感情が高まってくるともいわれています。

実際、被験者に『それぞれの人生が無力で不毛なものだ』ということを書いたエッセイを読んでもらったところ、過去を振り返ってからエッセイを読んだ被験者の方が悲観的になる度合いは低かったのです。

脳からみた効果的な過去のふり返りかた

では、どのように自分をふり返ったらよいのでしょうか?
最も簡単な方法が音楽です。
当時聞いていた音楽は、簡単に私たちをその当時に引き戻してくれます。
そして、自分の在り方を見つめるという点においては、以下のものが効果的と言われています。

1. 本を読む
2. 瞑想する
3. 書き出してみる

嫌なことを忘れる

私たちは、「忘れる」ということを自分自身でコントロールすることができません。
大切なことでも忘れてしまうこともあれば、忘れたいような嫌なことでもいつまでも覚えていたりします。

嫌なことをいつまでも覚えていることは、過去にとらわれることなく、過去をふり返る妨げになってきます。

おもしろいことに、「年齢を重ねるごとに嫌なことを忘れる」ということが得意になります。
これは、単に年とともに忘れっぽくなるからという問題ではないそうです。

私たちは同じような経験を重ねるごとに、その経験に関連する一般的な知識は増えていきます。
しかし逆に似たような経験が増えると、その1つ1つの経験的記憶が混乱し、それらの区別ができなくなってしまいます。

たとえば、有名なレストランへ美味しい食事を食べに行ったとします。
1回目の食事の時は、おそらくその食事の内容についてよく覚えていると思います。
それが10回目、20回目になったらどうでしょう?

そのレストランで出される食事について、知っていることが増えてきます。
いっぽう、何回目の食事の時に何を食べたかということまで正確に覚えているというのは難しくなってしまうでしょう。

これは、経験を重ねるごとに1回目ほどのワクワク感がなくなり、特別なものではなくなったためと考えられます。

年を重ねた時の記憶というのも似たようなものです。
いろんな経験を重ねた結果、日々の経験に対して新鮮味が持てなくなってしまいます。

実際、高齢になると記憶する時に若い時とは違う場所を使うという報告もあります。
どうも、高齢になると覚えようとした時に記憶に関する部位よりも思考に関する部位を多く使うようになるそうです。
そのためか、「自分に都合のいいことだけ覚えている」という何とも本人にとっては幸せな状態になるわけです。

それを証明するおもしろい実験があります。
アメリカのデューク大学のチェン博士が行った実験です。

若者と高齢者に普通の写真と嫌な写真を見てもらいます。
普通の写真の場合、若者と高齢者も記憶するレベルは同じでした。
ところが、嫌な写真の場合はというと、高齢者の記憶率がグンと低くなったというのです。
不思議ですよね。

では、その域に達するまで、私たちはどうしたらいいのでしょうか?
実は、嫌なことを忘れるのに有効なのが「記録する」ことだそうです。

記録すること、つまり言葉に変換して書くという行為は、出来事に対する面白みを削って、特徴と対策にだけに絞ることにつながり、結果的に忘れやすくなるそうです。
つらい時こそ日記をつけるのが効果的かもしれません。

まとめ

「過去にとらわれること」「過去をふり返ること」の違いについて、脳からみた機能と改善法、活用法についてまとめてみました。

過去にとらわれることなく過去をふり返ることが新たな未来を切り開く助けになるかもしれません。

  1. 木ノ本景子 脳の取扱説明書 p208 みらいパブリッシング 2016
  2. E T rolls et. al. Emotion-related learning in patients with social and emotional changes associated with frontal lobe damage. Journal of Neurology, Neurosurgery & Psychiatry 1994;57:1518-1524 doi:10.1136/jnnp.57.12.1518
  3. John Tierney. What Is Nostalgia Good For? Quite a Bit, Research Shows NewYork Times Science. July 8, 2013

  4. 津村健太 ノスタルジアが自己連続性に与える影響 一橋社会科学(7)p43-52 ,2015年6月